大企業がオープンイノベーションを加速させる手法のひとつに、社内ベンチャーや社内起業制度があります。リクルートの新規事業提案制度「New RING(現Ring)」やソフトバンクの社内起業制度「SBイノベンチャー」など、多くの企業がさまざまな取り組みを行っています。
今回インタビューするのは、プラントエンジニアリング国内最大手の日揮ホールディングスで、2度の社内起業に挑戦し続ける倉田さんです。同社の社内起業制度が整備される前から社内起業に取り組んできた倉田さんに、BizDevとしてのキャリア、現在進行中の新規事業の概要、そして社内起業で大切にしている考え方についてお話を伺いました。
既存の事業領域にとらわれず、未来から逆算する
東京大学大学院を修了後、2011年に日揮ホールディングスへ入社した倉田さん。入社からの4年間はプロセスエンジニアとしてLNGプラントの設計や建設に携わっていました。そして、最初の転機が訪れたのは2015年のことでした。
倉田さん:
2015年、部門主導で向こう10年の成長戦略を考える社内ワークショップが開催され、私も参加しました。同じタイミングにトップから重点分野として掲げられたテーマのひとつが、ビッグデータ活用であり、社内ワークショップでの提案と似たものでした。それが大学院での研究テーマに近い内容だったこともあり、データ活用を推進する新部署が設立される際にプロジェクトメンバーとして異動し、データサイエンティストとして業務に従事しました。
はじめは工場のプロセス異常を検知する仕組みを作っていましたが、社長への報告の際に「もっと10年後の未来を見据えた大きな視点で考えるように」と言われ、未来から逆算して新規事業を開発する重要性を実感しましたね。既存事業の延長線上にあるビジネスだけでなく、その枠にとらわれない発想で事業を考える必要があるのだ、と。
たった3名ではじめた、最初の社内起業
こうした経験を経て新規事業開発という領域に足を踏み入れた倉田さん。2017年には、日揮をはじめ4社が出資する、ビッグデータを活用したインターネットサービスを提供するTRANSIBLE株式会社の設立に参画しました。
倉田さん:
TRANSIBLEでは、インターネット上にある日本国内の賃貸物件情報をクローリングして掲載する賃貸ポータルサイト「akibaco(アキバコ)」というサービスを開発していました。設立当初は私を含めたった3名での創業で、そこではじめてP/Lをはじめとした計数管理などの経験も積むことができました。ここでの経験が、二度目の社内起業となる「アザス」の立ち上げにも役立っています。
「akibaco(アキバコ)」の事業はその後売却し、日揮としては一度EXITすることとなり、その後は日揮ホールディングス全体のDX計画策定などに従事していました。
社外活動を通して得た人脈と経験
先述のDX計画策定に携わって半年ほど経ったある日、倉田さんは役員と食事に行くことになります。
倉田さん:
そこでの役員との会話の中で、「もっと外に出て5年、10年先の日揮に必要な事業を考えてくれ」と言われました。そこからは本業もそこそこに、社外活動中心の日々がはじまりました。
ブロックチェーンの勉強会に参加したり、プロダクトデザイナーの中川聰さんが代表を務める一般社団法人スーパーセンシングフォーラムの活動に参加したりと、とにかく社外に出てたくさんの人と会い、たくさんの経験をさせてもらいましたね。
その後、2020年に日揮ホールディングスはデジタル領域での新規事業を強化することになり、倉田さん含めた数名で組織を立ち上げ、そこで現在推進している「アザス」の企画が生まれ、PoC(Proof of Concept/概念実証)がスタートすることになります。
自身の建設現場での経験から生まれた「アザス」
ここで、現在倉田さんが推進する新規事業「アザス」について見てみましょう。「アザス」とは、建設現場の安全文化向上を支援するスマートフォンアプリです。
日揮ホールディングスの主事業であるプラントエンジニアリングの建設現場では、建設期間中に複数の企業に所属する職人や監督がチームとなり、ひとつのプロジェクトに取り組みます。所属企業も違えば、年齢やキャリアも異なるさまざまなバックグラウンドを持つスタッフが集まり、危険と隣り合わせの中でミスなく安全に業務を遂行する、非常に緊張感のある環境です。
「アザス」のコンセプトは、こうした建設現場において、お互いに賞賛や感謝を伝え合うことでスタッフ間のコミュニケーションを促進し、より効率的で安全性の高いプロジェクト運営を可能にする、というものです。
このサービスが生まれた背景には、倉田さん自身の建設現場での体験も大いに影響しているようです。
倉田さん:
プロセスエンジニアとして働いていたころ、私自身も八戸などいくつかの建設現場を体験しました。プラントエンジニアリングは、100%の安全性が当たり前で、ミスが決して許されない仕事です。こうした環境で多くの人が集まって仕事をしていると、どうしてもミスをお互いに指摘し合うことが多くなり、逆に感謝や賞賛を伝え合う文化が生まれにくい特性があるんですよね。
一つひとつの仕事に正確性を求められるためか、仕事の全体像を把握せず、局所的に作業を進める職人も少なくありません。しかし、この仕事が何につながっているかを伝えることで、モチベーション高く取り組んでくれる人もいました。
また、細かいところに気づける建設現場に欠かせないタイプの人が、所属企業では高く評価されないケースがあることも目の当たりにしました。この経験から、現場での評価や感謝・賞賛を可視化する仕組みができないかと考えるようになったのです。
「アザス」を導入すると、現場で使用するヘルメットに付与されたQRコードをスマホで読み取ることで、相手に感謝や賞賛を簡単に伝えることができます。これらはポイントとして蓄積され、評価に活用できるほか、独自のインセンティブや報酬に反映することも可能です。たとえば、貯まったポイントを手袋などの消耗品やカップラーメン、栄養ドリンクと交換する、といった仕組みです。このポイントに基づいて月次表彰を行う会社もあります。
この「アザス」は先のPoCを経て2022年4月からサービス開発を開始し、同年11月には日揮ホールディングスの子会社としてJGC Digital株式会社が設立され、2023年1月末から正式に販売開始となります。現在では多くの建設現場で導入され、2025年3月には大幅なアップデートが予定されているということです。
「会社を辞めてもいい」という覚悟
現在、「アザス」の大幅アップデートに向け、忙しい日々を送る倉田さん。次々と社内起業にチャレンジする彼が考える、社内起業のメリットや、そこで大切にしている価値観とはどのようなものでしょうか。
倉田さん:
社内起業のメリットは、大企業の人材や資金、顧客基盤といったアセットと、スタートアップとしての機動力やスピードといった小さな組織ならではの強みをかけ合わせられる点にあると思っています。また、日揮ホールディングスにおける既存事業の枠組みから少しズレていたとしても許容可能性があるのが別法人化するメリットでもあり、そうした枠組みを超える法人が集まることで、ホールディングス全体で拡張していければと考えています。
また、私が最初に社内起業した時は、まだ日揮としても特に制度化はされていませんでしたが、妥協しないで自分の意思を表明し続けることが大事だと思っています。ある意味、「失敗したら会社辞めてもいいや」というぐらいの想いでやってるんですよね。その覚悟があれば、社内外からどんな批判があったとしても、「知ったことか」と自分の信念を曲げずに取り組むことができます。新規事業をはじめる際は、誰もがマイノリティからのスタート。社内の作法に縛られるのでなく、社外も巻き込んで仲間集めや実現の方法を柔軟に考えることが大切だと思います。
取材対象者プロフィール
倉田 浩二郎(くらた こうじろう)
JGC Digital株式会社 アザス事業 事業企画部 プログラムマネージャー
東京大学大学院を修了後、2011年に日揮ホールディングスにプロセスエンジニアとして新卒入社。その後同社の新部署設立に伴いデータサイエンティストとして従事。2017年には日揮を含む4社出資によるビッグデータ活用を通したインターネットサービスを提供するTRANSIBLE株式会社の設立メンバーとして参画。2020年よりデジタル領域での新規事業創出へ取り組み、建設現場の安全文化の向上を支援するスマートフォンアプリ「アザス」の企画および実証実験を開始。2022年には「アザス」の販売開始に向け、新設のJGC Digital株式会社へ100%出向となる。
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