
企業再生とは、企業の存在価値を再定義すること――。インタビューの冒頭で語られたのは、そんな印象的なことばでした。
テンプスタッフ・クリエイティブ、デジタルハリウッド、東京ヴェルディ、KADOKAWAグループなど、数多くの企業で経営者として手腕を発揮してきた古賀鉄也さん。なかでも、デジタルハリウッドと東京ヴェルディの2社では、企業再生の陣頭指揮をとり、見事に立て直しを果たしました。
現在はクリエイターズマッチで取締役会長を務める古賀さんに、「企業再生を成功へと導くために大切なこと」について、お話をうかがいました。
「あなたはもう、自分で会社をやりなさい」

新卒で総合商社に入社した古賀さんは、バブル経済の崩壊という激動の時代のなかで、成長著しかった人材派遣業界へとキャリアを転じます。転職先に選んだのは、業界の先駆けともいえるテンプスタッフ(現・パーソルホールディングス)でした。
人材派遣の営業として現場で活躍し、若くして支店長や営業統括を任されるなど、順調にキャリアを積み重ねていたある日。創業者の篠原欣子さんから、思いがけないことばをかけられます。
古賀さん:
「あなたはもう、自分で会社をやりなさい」と、篠原さんに言われたんです。当時、人材派遣市場は右肩上がりで成長を続けていて、テンプスタッフでもいくつもの子会社が立ち上がっていました。
その流れの中で、新たにテンプスタッフ・クリエイティブという子会社が設立され、その会社名義の銀行口座に、ある日突然3,000万円が振り込まれていました。そして、「後はあなたが経営しなさい」と。私はまだ28歳でしたから、まさか自分が経営者になるなんて思ってもおらず、本当に驚きました。
ただ、当時のテンプスタッフでは次々と子会社を設立していた背景もあり、経営人材の育成が大きなテーマになっていました。そのため、かなり手厚く・厳しい研修を受けさせてもらえました。マネジメントや経営について徹底的に学んだこの時期の経験が、今の私の礎になっています。
2社で経験した、企業再生の現場

テンプスタッフ・クリエイティブの社長としておよそ5年間、経営の最前線を走り続けた古賀さん。2004年には新たなステージを求めて、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)へと転職します。新天地では、経営企画のポジションでキャリアをスタートさせました。
当時のCCCは、IMJ、デジタルスケープ、そしてデジタルハリウッドの3社を買収したばかり。まさにグループ全体の構造が大きく変わりはじめたタイミングでした。
そして2009年、古賀さんはその中核企業のひとつ、デジタルハリウッドの代表取締役兼CEOに就任。企業再生という難題に、現場の最前線で挑むことになります。
古賀さん:
当時のデジタルハリウッドは、大きな赤字を抱え、ガバナンスの面でも深刻な問題を抱えていました。経営としては、資金調達とコスト削減の両輪で、まずは出血を止めることに注力しました。
並行して取り組んだのが、次世代のクリエイターを育てるための教育事業です。大学と大学院の設立を通じて、未来を見据えた価値創出にも取り組みました。
結果として、取り組みから約3年で借金を完済することができました。
デジタルハリウッドの再建で確かな実績をあげた古賀さん。その手腕に注目したのが、日本サッカー協会でした。
当時、デジタルハリウッドと同じように経営危機に直面していたのが、プロサッカークラブの東京ヴェルディ。クラブの企業再生を託すべく、古賀さんは2010年、取締役として経営に参画することになります。
そして着任からわずか3年で、クラブの黒字化を実現。スポーツビジネスという異業種のフィールドでも、再生の手腕をいかんなく発揮しました。
企業再生を実現する3つのステップ

デジタルハリウッドや東京ヴェルディで企業再生を成し遂げた古賀さんは、そのプロセスを3つのステップで語ります。
ステップ1:お金の流れをすべて把握する
古賀さん:
まず着任して最初にやるのは、その企業の通帳や入出金の履歴をひとつ残らずチェックし、資金の流れを把握します。財務諸表でいえばキャッシュフローの部分ですね。
なぜこれが最初なのか。それは、経営を持続させるには現預金の管理が何よりも重要だからです。再建に必要なお金が会社に無いことが多く、社員や委託先に支払いできなくなることだけは避けなければなりません。そして、お金の動きを見ることで、会社が抱える本当の課題が浮かび上がってきます。
ここだけは絶対に性善説では通用しません。性悪説の視点で、あらゆる感情を排除し、事実を徹底的に洗い出します。
ステップ2:事業の整理と競争力の再定義
次に行うのが「事業の整理と再定義」です。
古賀さん:
不採算事業を見直して整理する一方で、成長の芽がある事業には道筋をつけていきます。この段階で大切なのは、その企業の存在価値と競争力の“源泉”を明確にすることです。
何よりも大事なのは、「顧客」を知ること。どんなお客様に、どんな価値を届けているのか。自社のサービスや商品の競争優位はどこにあるのか。これをはっきりさせたうえで、組織が「自立」しているか、「応変」に対応できるかを確認します。
「自立」とは、チームや個人が主体的に動けているかどうか。売上が特定の人に依存していないか、個人の目標が機能しているかを見るのです。
「応変」は、外部環境の変化を前提とした、柔軟な戦略になっているかどうか。過去の成功体験に縛られていては、持続的な成長は望めません。
ここまでを整理したうえで、3年後・5年後といった中長期のスパンで、売上や利益などの数値目標を明確に定めていきます。数字がない目標は目標ではありません。「宇宙を平和にしよう!」と言っているようなものです。抽象的な表現で目標を設定してもプロセスも結果も検証~改善できません。
ステップ3:中間管理職の育成
最後のステップは、「中間管理職の育成」です。
古賀さん:
たとえば、デジタルハリウッドは当時およそ150人規模、東京ヴェルディは50人ほどの組織でした。決して大企業とは言えませんが、少ない人数でも成長していける組織をつくるには、中間管理職の存在が不可欠です。
現場と経営をつなぐ“中間”の層がしっかりしていなければ、組織の基盤は安定せず、成長は見込めません。人を育てることこそが、企業再生の最終ステップだと思っています。
黒字化はゴールではない

3つのステップを通じて企業再生を実現してきた古賀さん。彼はその本質について、こう語ります。
古賀さん:
企業再生というと、赤字を黒字に転換することがゴールだと思われがちですが、それは本質ではありません。再生とは、一時的に数字を立て直すことではなく、企業がその後も成長を続けられる“土台”を築くことです。
そこを目指さなければ、たとえ再建できたとしても長続きしない。いや、むしろ“本当に”再建できたとは言えないと思います。
成功の形は企業ごとに違っても、失敗の要因には共通点がある。私が手がけた2社に限らず、多くの会社が同じ落とし穴にはまっているのを見てきました。
だからこそ、どんな業界でも、どんな環境でも、私のアプローチの順番は変わりません。まず“何が本当に問題なのか”を見極めること。そして、それをもとに組織の基盤を立て直す。これが、企業再生を成功させる唯一の道だと思っています。
再生の視点を、企業から産業へ

2社での企業再生を成功に導いた古賀さんは、2013年、新たなステージへと踏み出します。これまでの経験を土台に、次に見据えたのは、より広い視点――“産業そのものの再生”でした。
きっかけは、KADOKAWAグループの角川会長との出会いです。この出会いを機に古賀さんはKADOKAWAグループに参画し、教育事業を担う子会社「KADOKAWA Contents Academy」を設立。代表取締役社長兼CEOとして、新たな挑戦に取り組みます。
同社のミッションは、日本が世界に誇るコンテンツ産業のノウハウを、海外に広めていくこと。アニメやマンガなどの制作技術を伝えるクリエイター育成スクールをアジア各国で展開し、2014年9月には台湾に第一号校を開校。その後、シンガポールやタイへと事業を拡大していきました。
この取り組みは、単なるスクール運営にとどまりません。日本のコンテンツ文化そのものを“輸出”し、海外とつながることで、国内産業の未来をつくる――。まさに、産業構造そのものに変革をもたらす挑戦でした。
2015年には政府系ファンド「クールジャパン機構」からの出資も受けるなど、国からの注目と支援も集め、古賀さんの活動領域は“企業の再生”から“産業の再生”へと大きく広がっていったのです。
古賀さん:
デジタルハリウッドや東京ヴェルディでの仕事を通じて、海外との接点が増えていきました。そのなかで、もっとグローバルなフィールドで事業に挑戦したいという思いが強くなり、この取り組みに関わることを決めたのです。
当時は1年に1校のペースで新しい学校を立ち上げていたので、1年の大半をアジアで過ごしていました。海外に出て、あらためて日本のクリエイティブ産業が深刻な人手不足に直面していること、国内完結の構造によって“ガラパゴス化”が進んでいること、アジア各国のクリエイティブ企業、クリエイターが急速に力をつけていることに気づかされました。
クリエイターと、未来を変える

2024年10月、古賀さんはクリエイターズマッチの取締役会長に就任。日本のクリエイティブ産業を変革するべく、また新たな挑戦をはじめました。
古賀さん:
クリエイターズマッチの呉社長とは、実はデジタルハリウッド時代からの長い付き合い。当時、私が社長を務めていたデジタルハリウッドでは、ベンチャー投資を推進するための第一号ファンドを立ち上げました。そして、その最初の投資案件が、クリエイターズマッチへの出資でした。
「デジハリの卒業生で、熱い想いを持った若者がいるから会ってほしい」と言われて紹介されたのが、19年前の呉さんでした。今もその純粋さ、熱さ、若さは、ぜんぜん変わっていません(笑)。
クリエイターズマッチは、「クリエイターと、未来を変える」という理念のもと、全国に在住する約400名のクリエイターが所属する会社です。
古賀さん:
クリエイターが自己実現できる環境をつくり、それをより大きなスケールで展開していく。それが私たちの目指すところです。400人というと多く感じるかもしれませんが、国内全体のクリエイター人口から見れば、まだ“たったの400人”。会社の規模としても、業界にインパクトを与えるには、まだ道半ばです。
もっと多くのクリエイターに関わり、業界、マーケット、そしてクリエイター本人やその地域社会にまで、より大きな変化をもたらせる会社にしていきたいと思っています。それによって政府や自治体、さまざまな企業がクリエイターズマッチに注目して、協力してくれるようになれば、会社はより多くのチャンスを得ることができます。
会社の理念をスケールすること、クリエイターの自己実現をサポートするハウハウや体制を構築すること、そして、新しい事業の柱を作ることで、クリエイターズマッチで働く従業員にもチャンスが広がり、ハッピーになれる。それが、いまの私のミッションです。
クリエイターズマッチはさらなる進化を遂げています。
2025年3月には、即戦力のクリエイターを月30時間から活用できる新サービス「thinc Agent(シンクエージェント)」をリリース。 続く4月には、社内業務を一元管理できるアプリ「Relay」の提供もスタートしました。
さらに、AIを活用した薬機法・景品表示法のチェック業務についても、現在試験運用を進めています。
クリエイターと、未来を変える――。このビジョン実現に向け、より大きなスケールでの価値提供を目指しています。
取材対象者プロフィール
古賀 鉄也(こが てつや)
株式会社クリエイターズマッチ 取締役会長
総合商社に新卒入社後、テンプスタッフ(現・パーソルホールディングス)へ転職。人材派遣の営業職、支店長、営業統括を経て、子会社としてテンプスタッフ・クリエイティブを立ち上げ、社長に就任。カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)で経営企画を担当後、デジタルハリウッド代表取締役社長として企業再生を主導。2010年からは東京ヴェルディ取締役として経営再建に関与。KADOKAWAグループでは教育事業会社を立ち上げ、代表取締役社長としてアジアで日本型クリエイター教育を展開。2024年10月よりクリエイターズマッチ取締役会長に就任。
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